コンセプト
なぜ、家にたくさんの着物が残っているのでしょうか。
今では日常的に着物を着る人は少なくなりましたが、
日本の家庭には、たくさんの着物が静かに眠っています。
それは、かつて結婚の際に「嫁入り道具」として
一生分の着物を用意するという風習があった名残。
明治時代から昭和初期にかけて続いたこの文化は、
戦後の暮らしの変化や洋風化とともに姿を消していきました。
着物は、着なくなったからといってすぐに捨てられるものではなく、
多くの人にとって「思い出」と「美しさ」を併せ持つ存在です。
その一方で、持て余し、どう扱えばよいか分からない…
そんな悩みを抱える人も少なくありません。
近年は、そうした着物に新たな命を吹き込むアップサイクルが注目されています。
布に込められた記憶や手仕事のぬくもりを受け継ぎながら、
現代の暮らしにフィットする衣服へと仕立て直す。
これは、時代を超えて「大切にする」という心をつなぐ、静かな試みです。
着物という衣服のしくみには、
未来へつながる知恵が込められています。
着物は、反物と呼ばれる布を直線で裁ち、直線で縫って仕立てる衣服です。
この構造は、体型を問わず着ることができ、無駄なく布を使い、
ほどけば元の反物に戻して再利用することもできます。
かつての人々は、この仕組みを活かして着物を洗い、染め替え、
仕立て直しながら長く使い続けてきました。
その「循環する衣服」としての仕組みは、今の視点で見ればとてもサステナブル。
使い捨てではない、ものと人との持続的な関係がそこにはあります。
本を通して、手を通して、世界に届けてきたこと。
Wrap Around R.(ラップアラウンドローブ)は、着物を直線裁ち・直線縫いで
新たな衣服へと仕立てることを軸に、2005年より活動を続けています。
これまでに発表してきた約30冊のリメイク本では、
素材を活かす工夫、家庭でできる技法、布に宿る物語を紹介してきました。
活動は書籍にとどまらず、日本各地や海外での教室・ワークショップへも広がっています。
布に触れ、手を動かしながら、文化や技術、そして「大切にすること」の意味を共有する時間は、
言葉を超えて人と人をつないでくれます。
着物が語る声に、もう一度耳をすませてみる。
着物に触れることは、かつてそれを選び、
纏っていた誰かの記憶に触れることでもあります。
そして、今を生きる私たちが新たなかたちへと受け継ぎ、
未来へ手渡していく行為でもあります。
大量生産にはない、手の跡と想いの重なり。
そこに宿る静かな力を、そっと感じていただけたら幸いです。
ラップアラウンドローブ
松下 純子